老後の心配(若人にエール)

公開日: : 最終更新日:2015/08/23 etc

このsite立ち上げたきっかけは『禁煙』。死んだら負けのこのゲームにいきなりの警告を出された時は本当にビビったよ。まずは健康第一なのだ。次第にブログで記録することが楽しくなったので、色々と趣味やら仕事についても書くようになって今に至る。

前回の投稿で『人生設計』を口にしたのでこれもメモって置くことにした。

老後の心配はしてないというより、老後の用意はしている。用意があるから心配も無いという話。

家族構成は奥さんと3人の子供。あと、保健所で殺処分を待っていた猫1匹。
一番下の子が成人するまで10年。10年後ってことは俺も50半ばってこと。

よって60まで現行の仕事はリタイヤして、労働収入は要らないから人の役に立つ仕事をしたいというのが今の夢。結婚した時はもちろん老後の用意は進めていたが『宇宙に行く』が夢だった。なんだか『宇宙に行く』って叶いそうなので、もっと人の役に立つ仕事につけたら幸せだろうなぁと思い始めた。これは15年前のネパールでひらめいちゃった。

もともと浪費癖はあった。ただ『やらずに後悔よりやって後悔』というポリシーは小学生から変わっていない。数えきれない後悔をしたが、そこから得たものは今の糧となる。

参考までに俺の生い立ちを記す。

今から都心に住むってのはかなり困難。この場所にたどり着いた両親に一生感謝する。生まれも育ちも都心のど真ん中。だから何不自由なく育つ。なんてことはなく、生まれも育ちも都心のど真ん中だったため、物価は生活費を圧迫していた。でも当時は金持ちって居なかった。みんなそこそこ貧乏で楽しかった。両親は自営業で毎日働いた。子供たちは放おって置いてくれたのでみんな伸び伸び育つ。

電気的なおもちゃと言えばせいぜいラジコンかゲームウォッチ。TVゲームというのが出来てきたのもこの時代。つまみだけの『ゲーム6』とか言ったっけ。ホッケーとか卓球とか名前は付いているがブロック崩しの変形版のゲーム。持ってる奴は重宝されたし、もちろん俺は持ってなかった。買ってくれと言ったらいきなり怒鳴られた。それが当たり前の時代。バリバリのラジオ世代。

渋谷、原宿が遊び場。今とは全然違う。原宿なんて何も無かった。竹下通りは不良の溜まり場なので『行ってはいけない』場所だった。センター街は怖い人達が仕切っていて2F喫茶店のウインドウには弾痕が長いこと残っていた。今思えばあれは本当に弾痕だったのか?子供だったからなぁ。

そんな幼少期を過ごした。そんな生い立ちだ。

時は経って、もともと就職先が建築関係ということがあって不動産に興味があった。浪費を繰り返しながら老後はアパート経営したいなと考えていた。そしてそれは20代の内に準備を始めないといけない事も知っていた。

何故ならお袋にそういったスキルがあって、直接教えてくれた訳ではないが、不動産を持ち生活を支えていた。親父はビジネスの才はなく、良い嫁をゲットする才を持っていたようだ。

当時は借金をして資産としての物件を買ったお袋を世間では『バカ』といっていた。1000万で駅前に(小さい)3LDKの新築マンションが買えた時代、2000万の15坪の物件だ。しかし高額だったが土地柄、価値も高かった。お袋はそれを知っていた。借金返済にお袋は更に働いた。忙しく働いてはいたが苦労している様には見えなかった。それはお袋にとって堅実な計画だったからだ。と今はわかる。結果論ではない。後にその物件は借金を返済して、収入源となる。くれぐれも言うが借金をして物件を買えた時代の話だからね。今はこれできないからね。

バブルの時は世間は狂喜乱舞してサラリーマンが1億2億のマンションを買い、フェラーリに乗り、六本木が若者で賑わった。口々に『5年後、倍で売れる』と言いながら借金をしまくっていた。また、銀行もじゃんじゃん金を貸した。株が流行り、多くの人が金持ちになった。という気になっていた。それでもお袋は株をやらないし、物件を買い漁ることも、贅沢をすることも無かった。もちろん我が家の生活は相変わらずプチ貧乏で忙しく働いていた。曰く『生活費以外の金に何の意味があるのか』と。

バブルがパチンと弾けた。後は知っての通り。羽振りのいい人たちは居なくなった。ちょっとしたホラーだ。そしてバブルが弾けた時に俺は就職が決まった。

景気のいい話が全く無くなったが両親の生活は相変わらずだった。多分、この頃から、自分では気付いていなかったが『お金』を意識していたんじゃないかな。ハッキリ意識したのは大家さんになる時だったね。給料を貰って何に使えばいいのかわかっていたような気がする。必要なものは買う。要らないものは買わない。欲しいものは考える。買っちゃうことの方が多い気もする。

初任給は手取りで20万だった。初任給で20万ってかなりの高額だったが、10年努めて倒産間際の手取りも20万強だったな。退職金は20万円。社長は5年前に亡くなったが無理して出してくれた退職金だっただけに嬉しかった。『世間的に言えば0が2つ足りない額だ』って言って笑いを誘ってたが笑ってたのは俺だけだった。

とにかく就職してから毎月5万円をストックしつづけた。逆に言えばそれ以外は底をつくまで使った。海に山に街にギャンブルに使った。後に購入するであろう物件の頭金にしたかったから。結構散財してたような気もしたが20代の後半で既に自由になる資本金が500万あった。その頃になるとそれほど欲しいものもなく、浪費も冷めていた。ついでに会社も倒産したがフリーになってなぜか収入が増える。そんな時中古ワンルームマンションの大家さんになった。結婚も丁度この頃。10年後の今は、この物件は売却済でサイズの大きな物件になっている。俺もお袋に習って生活は何も変わらずだ。毎日の本業と程々な生活。

物件は何でも言いわけではなく、これも人脈が必須。お陰様でお袋の代から親子でお世話になっているビジネスパートナーがいる。土地勘のある近い場所しか選ばない。つまりは価値がある場所ってこと。これは飛び込みで知り合った不動産屋さんには出来ない話だ。5000万円のマイホームがたった1年で2000万円、なんて話もある。もちろん不運ってところが多いと思うがその土地を知らなかったからじゃないかと思う。だから最初の物件は20年~30年物にすると決めていた。改装積立金も溜まっているだろうし、物件の良し悪しも検討しやすいから失敗するリスクは殆ど無い。

そこに20年物の(何だか酒の話してるみたいだな)話がきた。表に出ない情報。ざっというと相場では2000万のところを1500万で購入を決めた。俺の地元は中古ワンルームでこの値段する土地だ。新築だったら程度にもよるけど3500万かな。ローンも無理せず前倒し出来る時はドンドン返した。子育ても始まって楽しくてしょうがない時期だ。家賃収入は20万弱。電車で20分ほど行けば家賃は半額以下となる立地。特に空室になることもないのはパートナーがしっかりしているからだ。頼りになる。

この計画には生活を支えるだけの収入を得る為のスキルは持っていないと成立しない。半分は不動産が、半分はスキルで資産を太らせていく。これで60までに1億円ほどの資産を作れば計画達成となる。40年で1億円はできる。継続すればいいのである。多分30年でも1億円は出来る。20年では難しい。10年だと、、、、となる。俺の場合ね。

一発を狙って借金して物件を買って成功した人を知らない。準備(資本)もないのに営業トークに乗っかってマンション経営?やる前から破綻するのが目に見えてる。なぜなら負債が資産に転換するのには時間がかかるのだ。負けが決定した勝負に人生をかけちゃ駄目。必要以上のお金を求めて無茶しても駄目。身の丈に会った幸せなら叶えられる。そのために長い目で計画すれば無理なんてしなくてもいいんだから。

1億円の資産があると奥さんと二人で普通の生活が死ぬまで出来る。俺の言う普通とは、世間の普通と違うかもしれないが年収600万~700万円に設定している。プラスささやかな年金。年金は貰えなくても国民の義務なのでちゃんと払うこと。今の先輩たちの為に。先輩がいたから日本があるんだということを忘れちゃだめ。どうもそこに感謝の無い人が多いようにみえるのは俺だけか?

1年の半分は海外(アジア)で活動したい。タイ、ネパール、カンボジアあたりで現地の友達と出来る活動。そして、できることなら孫とも戯れたい。夢は多い。そしてそれに着実に向かって進んでいる。

俺にはたまたま良い条件が揃っていたとも言えるが、それを叶えるための方法は生み出せると信じている。継続すればいい。最初から俺には何もない、何も出来ないなどと否定的になることはない。それでは何も生まれない。

エールを送ろう。

若人はインターネットに強いからそこに活路を見出すのもいいかもしれない。みんなと逆方向に進むのも面白い。デジタル⇔アナログ。若者は農業も売り方もうまい。みんな活躍の場を開拓してる。アイデアが出ない人は、そういう人に使ってもらって考えればいい。期限を決めて無理にこれと決める必要はない。

実際俺もCADオペレーティングで一生の仕事にするぜ!と始めたことではない。たまたまそういう業務を任され、仕事を通じて人脈を築いていっただけのこと。つまり俺にとってスキルとは『コミュニケーション』なんだろうと思った。CAD操作のスキルではない(実際大した操作テクニックは無い)のだ。だからそれを少しでも高められたらもっと人と繋がれると実感してたしそれを実行していた。元々が人に興味があったから何の苦労もなかったが、本は時間がある限り読み漁った。本のチカラはすごかったな。そしてそれは俺の生活の基盤となり、今の人間関係を築いている。俺にとってのスキルを磨くというとこはそういうことだ。

がんばれ!

もしも若い人がこれを読んだなら、そして何かのヒントになったなら、始めるのは今だよ。
『言うのは簡単だよ、出来るわけない』という人は多分自分で難しくしている。現実はもっとシンプルだ。
余談だけど、今年は『いつ始めるのか?今でしょう』が流行ってる。そういう流れになっているって感じる。

ad

関連記事

スマートフォンのパケット料を考えてみた

スマホは便利な道具。 俺の主な使用は、電話、Eメール、SNS、カーナビ。1台でこなすんだから優秀だ

記事を読む

お小遣いサイトやってみてたものの

どうせワンクリックしたところで1円にも満たないキックバックがあるだけでしょ?と思っていたお小遣いサイ

記事を読む

東京サンレーヴスというプロバスケットボールチームが営業で訪問

日本のプロバスケットのことを全く知らなかったのだが、『東京サンレーヴス』の選手がスーツ姿で営業訪

記事を読む

Wi-Fiと無線LANと。

今日も事務所から愛機thinkpadX31と近くの珈琲店へ。 最近は、docomo Wi-Fi

記事を読む

Tokyo City View (ミニチュア撮影&タイムラプス映像)

まずは見てほしい Tokyo City View ミニチュア撮影 タイムラプス映像

記事を読む

SDカードのフォーマットで容量があからさまに少ない時の対処法

LinuxOSを入れて使っていた16GBのマイクロSDカードがあったので、Raspberry Piで

記事を読む

AudioEditorでMP3の余計な部分をカットする

AudioEditorでMP3の余計な部分をカットする方法 (適当に使ってるので別のやり方があるか

記事を読む

写真をA4に複数印刷

わかっていると当たり前だが知らないと面倒くさい方法で印刷していた。 面倒くさい方法とは、ピック

記事を読む

NHKラジオ講座

NHKラジオ講座は、安価で学べるいい教材だ。そして始めると必ず欲しくなるのが、録音機能が付いたラジオ

記事を読む

amazonダンボール箱のリメイク方法 ティッシュボックス編を観て

amazonダンボール箱のリメイク方法 ティッシュボックス編 ちょこちょこYoutubeを

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ad

ベトナム ハノイ 2019/3/1~3/3

ベトナムに行きたくなってANAマイルを使ってベトナム ハノイに行ってき

Draftsight 有償化

いや全く残念なお知らせですが、やむを得ないでしょう。変換作業では大変お

台湾(台北)一人旅で思った「持って行けば良かった」

ANAマイルを消化する為の渡航だったので荷物もコストも削ってプランして

台北で食べ歩き -3日目最終日-

初台北で予定していた行きたい場所はほぼ行けたので最終日は頼まれた買い物

台北で食べ歩き -2日目②-

15:00までホテルに戻って一休み。お腹を減らして再出発。 まず

→もっと見る

PAGE TOP ↑